恋愛には技法があります。モテる女性は、実はこの技法を持っています。その技法を男性の視点から教えます。

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男が教えるモテる女の恋愛技法

逃げていいんです

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Kouです。

 

本格的に話題になり出したのは去年くらいからだと思います。

退職代行サービスというのがありますよね。

すごいサービスです(^^;

最初に聞いたときは全く理解できないサービスだと思いましたが、利用者はどんどん増えているそうです。

自分の退職すら自分でケリを付けられないのは甘えであり、おかしいと考えてしまいそうですよね。

ところがよく見ると、そういうことではないということが分かります。

 

仕事でも恋愛でも人間関係でも、このことは日本人は特に考えないといけないことなのかもしれません。

というのも、日本人は「〜しないといけない」という発想に取り憑かれやすいんです。

無意識のうちに道義的責任を負ってしまうんですよね。

負わされているのかもしれないし、自ら背負い込んでいるのかもしれません。

 

何が言いたいのかと言うと、あなたは無意識のうちに逃げることに対する強烈な恐怖を抱いているかもしれないということです。

その逃げへの恐怖が、自分の意思をねじ曲げて苦しい生活を自分に強いることに繋がっているかもしれないんです。

このことは、本当に深く考える必要があります。

本当は具体的な事例を出して話したいところですが、繊細な問題もあるのであえて抽象的な話に留めることにします。

 

退職の話で言えば、「逃げるの?」と言われることが強烈なプレッシャーになります。

無責任だと言われたら、それだけで強ばるんです。

別に逃亡したいわけじゃないんです。責任を果たせるものなら果たしたいんですよね(^^

しかしその責任を果たすという行為に、どれだけの報酬があってどれだけの満足感があるのか見えないから苦しむんです。

そもそもその責任は、あなたが果たさないといけない類のものなのかどうかも定かではない可能性だってあります。

 

僕はすべてを放棄して気楽に生きることを勧めているわけではありませんよ(^^;

ただ一つだけ考えてほしいのは、今あなたが負っていると思っている責任は、本当にあなたが果たさなければならないものなのかを疑ってみてもいいということです。

 

恋愛相談を受けていて驚くのは、夫婦ならまだしも、ただ交際しているだけの状態でもこの責任を求められ、それを果たそうと辛い思いをしている女性がいることです。

本当に恐ろしいことです。

無意識なんですよね。

無意識に、何だかよく分からない責任というものを押しつけられているんです。

付き合っているのだから、当然果たすべき義務があるという感じで詰め寄られ、意を決して離れようとすれば、「逃げるのか?」とプレッシャーをかけられるんです。

文章で読むとただおかしいことのように感じますが、これを実際にやられるとほとんど自動的に責任感を感じてしまうのが現代の日本人です。

交際中に限ったことではなく、夫婦やその他の関係でも同じだと思ってください。

 

それは、本当に逃げてはいけないものなんでしょうかね。

以前と今とで状況が変わったのだから、手のひらを返すように態度を180度変えてしまうのには問題があります。

それでも、状況が変わったということを完全無視してはいけないことだってあるんですよね。

 

ちなみに僕は、かつて会社員をやめて独立しようと考えたとき、これで2年近くも悩みました(^^;

変なタイミングでやめたら迷惑がかかると思っていたからです。

徹底的に準備して、完全に文句が出ない状態にしてからやっと辞めましたが、はっきり言えばそんな努力は本当は必要なかったはずなんです。

 

世の中にはいろんな責任を負って生きている人がいます。

すべてを手放して楽になれと言いたいわけじゃないんです。

ただ、今抱えている責任というのは、100%あなたが果たさないといけないものなのかと考えることはしてもいいはずなんです(^^

 

逃げてもいいんですよ。

責任を果たすことを優先するあまり、自分の本当にしたかったことができなくても、それについての責任は誰も負ってくれないんですよね。

僕は逃げるなと言うのなら、その責任を果たしたときの報酬を正しく支払うことも求める必要があると思っています。

 

しなければならないことなんて、本当はそんなにたくさんないのかもしれません(^^

日々苦しいと感じている女性の話を聞くと、「しなければいけない」と言うことに必要以上に囚われすぎていると感じることがよくあります。

仕方のないことなんです。

責任を感じやすいんですよね。

背負ってしまうんです(^^;

 

ただでさえ責任を感じやすいのに、他人による無意識の圧力を受けると、さらにそれが増幅するんです。

昨日までそうやってきたのだから、今日も同じようにしないといけないとすら考えるかもしれません。

昨日までと同じようにやる責任があるという感じに、です。

いきなり全部を放棄するというような具体的な行動に出ないまでも、それは私(だけ)が果たす必要があるのかと疑問に思うことくらい、してもいいです。

この疑問を感じることができるようになったとき、あなたの目の前にいる相手との接し方も変わっているんじゃないかと思います。

 

接しないといけないから接しているのか、接したいから接しているのか。

かわいそうだから私が相手をし続けてやろうと思って余裕でいられるのか、よく考えたら相手をする義理なんかなかったと突き飛ばすことを考え始めるのか(笑)。

心理的な負担は相当に変わってきそうですよね。

 

これは日本という国に住んでいる限り、ずっと起きる問題の一つです。

長女だから・・・親がいるから、店があるから、・・・。

 

最近は激辛料理がはやっています。

もう吐きそうなくらいにお腹いっぱいなのに、まだテーブルの上に所狭しと並んだ激辛料理の数々を食べ続けないといけないと考えるかもしれません。

頼んだ責任を取らないといけないとか、残すのはもったいないとか、色々考えることはあると思います。

でも、もう無理なときは、

ごめんなさい、もうギブです

という権利くらいはあると思うんです。

限度を超えて食べ続けて、お腹を壊したり味覚障害になったとしても、誰も喜ばないんです。

じゃあ残った料理は誰がどう処理するのかという話になるんですが、それを話し合う時間を作ることが大事なんですよね。

 

逃げていいんです。

コメント

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  • コメント (2)

    • なお
    • 2019年 8月 20日 1:13:30

    〜しなきゃ、って昔はよく思ってました。
    できないと自己嫌悪に陥って、自分を責めてましたね。

    私が特に感じてたのは、
    ちゃんとした母親にならなきゃ
    でした。

    何かあるとすぐに、
    「母親のくせに。子供がかわいそうだ」
    と両親に言われてきたからです。
    自分達の価値観と違うと、必ず言う台詞でした。

    一度、両親に「そんなに言うなら母親降りる!私は育てられません!そんなに私が母親であることが気に入らないなら二人が責任持って養子にでもして育てろ!」
    と啖呵切りました。
    それから両親は、そこまで私に自分達の価値観は押し付けてこなくなりました。

    今では私らしく母親やって、できないことはできないし、完璧にやらなきゃ!と思うこともなくなりました。

    子供は立派に育ってるし誇りにも思ってます。
    逃げとも思ってません。
    〜しなきゃいけない、という概念がなくなり、
    好きだからしてることが増えました(^^)

    • エイリ
    • 2019年 8月 20日 1:50:14

    〜しなきゃ!は今も卒業できてないです。
    そうすることで縛られているのも苦しいのも分かってるはずなのに。
    そう育てられてくるとなかなか自分に厳しくなってしまいますね。

    頭がいつも硬いので、柔軟性がなく、色々調べては目に入ったものを鵜呑みにしがち。
    自分の価値観で判断したり、決めたりする正解でいいはずなのに他人と比べては間違いだとかおかしいだとか自分を自分が認められない。
    若い頃に仕事でうまくいかず転職での非難を受けてからは人格を否定されてる気になっていました。
    そんな人は本当に友達なのかなと思ったり、嫌になって距離を置きたくなったり。

    彼は働き方は人それぞれだからね。と否定もしませんでした。
    私はその言葉に本当に救われました。
    自分でも好き好んで非正規雇用になったわけではなかったけど、否定したくても認めたくなくても、現状はそうだったので心に刺さりました。
    まだ若いのにこんなことが言えるんだ。って。
    嘘でも嬉しかった。
    諦めたくなかったけど、現状では繋がりもなく無理。
    もう1年以上経つので、神社で忘れられるよう暫くお参りするつもりです。
    いい縁もありますように。

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